退職金規程の作り方|必ず定める事項と見落としやすい条項を人事担当者向けに解説
退職金制度を設ける、あるいは見直すときに欠かせないのが「退職金規程」です。社長の裁量や過去の慣行だけで運用していると、退職者が出るたびに金額や支給時期をめぐって認識の食い違いが生じかねません。この記事では、退職金規程の作成や改定を任された人事担当者に向けて、労働基準法が就業規則への記載を求めている事項、規程に盛り込みたい条項、見落としやすいポイント、作成から届出・周知までの手続きを整理します。金額の水準や算定方式の選び方ではなく、規程という「文書」をどう整えるかに焦点を当てています。
退職金規程は就業規則の一部として扱われる
退職金規程は、本則とは別の規程として作られることが多いものの、就業規則の一部として作成・届出・周知の対象になるのが一般的な扱いです。まずは就業規則に関する基本的なルールを確認します。
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対し、就業規則を作成して行政官庁(所轄の労働基準監督署長)に届け出ることを求めています。記載事項を変更した場合も同様です。従業員50〜300名規模の会社であれば、この義務の対象になります。
なお、同条は退職金制度を設けること自体を義務付けているわけではありません。条文は「退職手当の定めをする場合においては」と書かれており、制度を設ける以上は、定めるべき事項を就業規則に記載しなければならないという構造です。
法律上、必ず定める事項は3つ
労働基準法第89条第3号の2は、退職手当の定めをする場合に就業規則へ記載すべき事項として、次の3つを挙げています。
・適用される労働者の範囲
・退職手当の決定、計算及び支払の方法
・退職手当の支払の時期
適用される労働者の範囲
正社員だけが対象なのか、契約社員やパートタイマーも対象なのか、試用期間中の社員はどう扱うのかを明記します。雇用区分によって扱いを分ける場合は、区分ごとの取扱いを規程の中で読み取れるようにしておき、その理由を会社として説明できる状態にしておくことが大切です。
退職手当の決定、計算及び支払の方法
「いくら支給するのか」を、誰が計算しても同じ結果になる形で定めます。たとえば、退職時の基本給に勤続年数に応じた支給率を掛ける方式や、在籍中の貢献をポイントで積み上げる方式などがありますが、どの方式でも、算定の基礎となる金額、勤続年数の数え方、退職事由による区分を具体的に書く必要があります。あわせて、会社が直接払う一時金なのか、外部の制度から支給されるのかといった支払の方法も定めます。
退職手当の支払の時期
「退職日から○か月以内に支払う」のように、時期を特定できる書き方にします。「会社の都合のよい時期に」「資金繰りがついたとき」といった曖昧な表現は、トラブルのもとになります。
ポイント:この3つが欠けた規程は、法律上の記載事項を満たしていません。まずは3つを漏れなく、具体的に書くことから始めます。
規程に盛り込みたい基本の条項
法律上の記載事項を満たしたうえで、実務では次のような条項を設けるのが一般的です。
・目的と根拠規定(就業規則との関係)
・適用範囲(雇用区分、試用期間中の扱い)
・支給要件(最低勤続年数の有無など)
・退職金の算定方法と計算例
・勤続年数の計算方法
・退職事由ごとの支給区分(定年、会社都合、自己都合、死亡など)
・支払の方法と時期
・減額・不支給の事由
・死亡退職の場合の受取人
・外部積立制度との関係
・規程の改廃手続
このうち、法律上の記載事項に直結するのは前半の条項です。後半は、運用上の疑問を先回りして潰すための条項で、退職者が出てから「規程に書いていない」と困る場面が多いところです。
見落としやすい条項と注意点
勤続年数の数え方
入社日から数えるのか、試用期間を含めるのか、休職期間や育児・介護休業の期間を勤続年数に算入するのかは、金額に直結します。1年未満の端数を切り捨てるのか、月割りで計算するのかも決めておきます。パートタイマーから正社員に転換した人の通算の扱いも、あらかじめ定めておくと迷いません。
退職事由別の取扱い
定年退職、会社都合、自己都合、死亡退職、懲戒解雇などの区分ごとに、支給の有無や支給率を定めます。就業規則の本則にある退職・解雇の規定(労働基準法第89条第3号の「退職に関する事項」)と用語がずれていないかも確認してください。本則では「依願退職」、退職金規程では「自己都合退職」といった不一致があると、解釈が分かれる原因になります。
減額・不支給の定め
懲戒解雇の場合などに退職金を減額または支給しないとする場合は、その旨と事由を規程に具体的に書いておく必要があります。事由が抽象的だと、実際に適用する段階で争いになりやすくなります。実際に減額・不支給とするかどうかは個別の事情によって判断が分かれるため、適用する場面では専門家に相談しながら慎重に進めてください。
死亡退職の場合の受取人
従業員が在職中に亡くなった場合に、誰にどの順序で支払うのかを定めておきます。遺族の範囲と順位を規程に書いておけば、いざというときに会社が判断に迷わずに済みます。
外部積立制度との関係
退職金の財源として、中小企業退職金共済(中退共)、企業年金、企業型確定拠出年金などを利用している会社は、規程上の退職金と外部制度から支払われる給付の関係を明記します。外部制度からの給付を退職金の一部に充てるのか、別に上乗せして支払うのかが曖昧だと、二重払いや支払不足の原因になります。
請求権の時効と支払時期
労働基準法第115条と附則第143条第3項により、当分の間、退職手当の請求権は、行使できる時から5年間行わないと時効によって消滅するとされています。規程で支払時期を明確にしておけば、いつから請求できるのかも明確になります。
作成・変更の手続き
規程を作っただけでは完了ではありません。次の手続きまでが一連の流れです。
1. 労働者の代表の意見を聴く
労働基準法第90条は、就業規則の作成・変更にあたり、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴くことを求めています。条文上求められているのは「意見を聴くこと」です。そのうえで、届出の際には、その意見を記した書面(意見書)を添付します。
2. 労働基準監督署へ届け出る
作成した就業規則(退職金規程を含む)を、所轄の労働基準監督署長に届け出ます。退職手当に関する事項を変更した場合も、届出の対象です。
3. 従業員に周知する
労働基準法第106条は、就業規則を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示する、備え付ける、書面を交付するといった厚生労働省令で定める方法で、労働者に周知させることを求めています。労働契約法第7条も、合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合に、その内容が労働契約の内容になると定めています。周知を怠ると、規程を整えた意味が薄れてしまいます。
4. 不利益な変更は特に慎重に
退職金の水準を下げるなど、従業員にとって不利益になる改定には注意が必要です。労働契約法第9条は、使用者が労働者と合意することなく就業規則を変更して、労働者の不利益に労働条件を変更することはできないと定めています。例外として第10条は、変更後の就業規則を周知させ、かつ、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などに照らして合理的な変更であれば、変更後の就業規則によるとしています。引下げを伴う改定では、従業員への丁寧な説明と、個別の同意を得る努力が重要です。
作成の進め方
初めて作る場合の、実務的な進め方の一例です。
・現状の棚卸し:これまでの支給実績、口頭での約束、雇用契約書の記載、外部積立制度の加入状況を整理する
・制度の骨格の決定:対象者、算定方式、支給要件を、会社の支払能力と人材戦略を踏まえて決める
・規程案の作成:厚生労働省が公開している「モデル就業規則」の規程例や解説を参考にしつつ、自社の実情に合わせて書く
・試算:現在の在籍者と過去の退職者に当てはめ、必要な資金の規模と支払の時期を確認する
・手続き:意見聴取、届出、周知の順に進める
・運用と見直し:退職者が出るたびに運用上の疑問点を記録し、定期的に規程を見直す
モデル就業規則は、厚生労働省が各事業場の実情に応じた就業規則の作成・届出の参考として公開しているものです。そのまま写すのではなく、自社の制度に合わせて調整してください。
よくある質問
Q. 従業員が10人未満でも退職金規程は必要ですか。
A. 労働基準法第89条の就業規則の作成・届出義務の対象は、常時10人以上の労働者を使用する使用者です。10人未満の場合は、この条文による義務の対象ではありませんが、退職金制度を設けるのであれば、支給の条件や計算方法を書面で明確にしておくことが、後のトラブル防止につながります。
Q. 退職金規程だけを改定する場合も、届出は必要ですか。
A. 退職手当に関する事項は就業規則の記載事項ですので、その変更も届出の対象です。意見聴取と意見書の添付、従業員への周知も、あわせて必要です。
Q. パートタイマーや契約社員にも退職金を支給しなければなりませんか。
A. 法律が退職金の支給そのものを義務付けているわけではなく、誰を対象とするかは、規程の中で「適用される労働者の範囲」として会社が定めます。ただし、雇用区分で扱いを分ける場合は、その理由を説明できるようにしておくことが大切です。個別の判断に迷う場合は、社会保険労務士などの専門家に確認してください。
Q. 退職金を引き下げる改定は、会社の判断でできますか。
A. 労働契約法第9条により、労働者との合意なく就業規則の変更によって不利益に労働条件を変更することはできません。例外として第10条が定める要件を満たす場合がありますが、合理性は事情に応じて判断されます。引下げを検討するときは、必要性の説明や代替措置の検討を含め、専門家に相談しながら進めてください。
Q. 退職金の請求権はいつまで有効ですか。
A. 労働基準法第115条と附則第143条第3項により、当分の間、退職手当の請求権は、行使できる時から5年間行わないと時効によって消滅するとされています。
Q. 厚生労働省のモデル就業規則をそのまま使ってよいですか。
A. モデル就業規則は、各事業場の実情に応じた就業規則を作成・届出する際の参考として公開されているものです。自社の制度や運用に合わせて内容を調整したうえで使ってください。
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。
出典
・労働基準法(デジタル庁 e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
・労働契約法(デジタル庁 e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
・モデル就業規則について(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html


