懲戒解雇なら退職金は不支給にできる?規程の定め方と裁判例の考え方
従業員が不祥事を起こして懲戒解雇にするとき、退職金を払うべきかどうかで迷う場面は、中小企業でも起こります。結論から言うと、退職金規程に不支給の定めがあっても、懲戒解雇をしたというだけで全額を不支給にできるとは限りません。厚生労働省が公表している裁判例の整理では、退職金の減額や不支給は、労働者のそれまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られるとされています。この記事では、退職金規程を持つ中小企業の経営者・人事責任者に向けて、懲戒解雇と退職金不支給の関係、規程に定めておきたい事項、裁判例が求める考え方、不支給を判断するときの手順を、公的機関の資料に基づいて整理します。
懲戒解雇した従業員の退職金は不支給にできるのか
退職金の不支給とは、退職金規程などの定めに基づき、退職金の全額を支払わないことをいいます。不支給にできるかどうかの答えは、規程に定めがあることを前提に、非違行為の内容や勤続の功績などを踏まえて個別に決まる、というものです。
押さえておきたいのは、次の2つの判断が別々だという点です。
・懲戒解雇そのものが有効か:労働契約法第15条は、懲戒が、行為の性質や態様などに照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、権利の濫用として無効になると定めています(厚生労働省のモデル就業規則の解説に条文が引用されています)
・退職金の不支給が有効か:懲戒解雇が有効でも、退職金を全額不支給にすることが認められるとは限りません
後者の例が、後ほど紹介する小田急電鉄事件です。この事件では、東京高等裁判所が、懲戒解雇は有効としながらも、退職金は全額不支給ではなく3割を支給すべきだと判断しました。
退職金の不支給・減額を定めるときの法律上のルール
不支給や減額を定めるときの前提は、就業規則にその旨をはっきり書いておくことです。ここでは、法令とモデル就業規則で確認できるルールを整理します。
退職金制度を設けたら、就業規則に記載が必要
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、就業規則の作成と届出を義務づけています。退職手当の定めをする場合は、同条第3号の2により、適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払の方法、支払の時期を記載事項としています。
厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)の解説は、退職金制度そのものは必ず設けなければならないものではないとしたうえで、不支給事由や減額事由を設ける場合は、労働基準法第89条第3号の2の退職手当の決定及び計算の方法に関する事項に当たるため、就業規則に明記する必要があると説明しています。
モデル就業規則の第54条の書き方
モデル就業規則の第54条は、次のように定めています。「労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、第68条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」
この例は、懲戒解雇された者について、退職金を全部不支給とすることも、一部だけ支給しないこと(減額)も選べる書き方になっています。あくまで規程例であり、自社の実情に合わせて定めるものです。
懲戒の事由は、就業規則に定めがなければ使えない
モデル就業規則の解説は、懲戒処分について、就業規則に定めのない事由による懲戒処分はできないとしています。また、規定を設ける前にした行為に、さかのぼって懲戒処分をすることもできません。労働基準法第89条第9号も、制裁の定めをする場合は、その種類と程度を就業規則に記載するよう求めています。
なお、懲戒解雇を即時に行う場合の解雇予告手当(平均賃金の30日分)の扱いは、労働基準監督署長の認定を受けるかどうかという別の論点です(労働基準法第20条)。予告手当の問題と、退職金を支払うかどうかの問題は、分けて考える必要があります。
退職金は賃金にあたることがある
厚生労働省の「確かめよう労働条件」は、退職金について、就業規則や労働協約により支給条件が明確に定められている場合は、労働基準法第11条の「労働の対償」としての賃金に該当すると説明しています。その法的性格は、賃金の後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格を併せ持つとされ、個々の退職金の実態に即して判断するとしています。
裁判例が求める「功績を失わせる背信行為」とは
背信行為とは、会社との信頼関係を裏切る行為のことです。厚生労働省は、退職金不払いに関する裁判例を踏まえた基本的な方向性として、次の2点を示しています。
・退職金の支給基準で、一定の事由がある場合に減額や不支給を定めることは認められる
・ただし、賃金の後払い的性格と功労報償的性格を考えると、労働者のそれまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られる
小田急電鉄(退職金)事件(東京高裁・平成15年12月11日)
同社の職員が痴漢行為で2回逮捕され、執行猶予付きの判決を受けたことから、会社は職員を懲戒解雇し、退職金規程の不支給条項により退職金を支払いませんでした。職員は退職金の全額の支払いを求めて提訴しました。東京地方裁判所は懲戒解雇も退職金の不支給も有効としましたが、東京高等裁判所は、懲戒解雇は有効としつつ、退職金については、全額の不支給ではなく3割を支給すべきだとしました。
厚生労働省が公表している判示の骨子によると、東京高等裁判所は、次のような考え方を示しています。
・賃金の後払い的要素の強い退職金を全額不支給とするには、当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である
・職務外の非違行為の場合は、業務上横領のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性が必要である
・このような事情がないのに、会社と直接関係のない非違行為を理由に全額を不支給とすることは、経済的に過酷で、不利益処分一般に求められる比例原則にも反する
一方で、痴漢撲滅に会社として取り組んでいたことから、本件行為が相当の不信行為であることは否定できず、全額を支給すべき事案とも認めがたいとして、3割の支給が認められています。
三晃社事件(最高裁・昭和52年8月9日)
この事件は、自己都合で退職した従業員が、同業他社に就職した場合は退職金の半額を返還すると約束して退職金を受け取ったものの、その後に同業他社へ入社したため、会社が半額の返還を求めたものです。最高裁判所は、退職金を一般の自己都合退職の半額とする退職金規則の定めは、退職金が功労報償的な性格を併せ持つことからすれば、合理性のない措置とはいえないと判断しました。また、その退職金が労働基準法上の賃金にあたるとしても、損害賠償予定の禁止(第16条)や賃金の全額払い(第24条第1項)などに違反しないとしています。
この判断は、退職金を一律に減らしてよいという意味ではなく、減額の理由に合理性がある場合には、規程に基づく減額が認められる余地があることを示す例です。
京都市(懲戒免職処分取消等請求)事件(最高裁・令和7年4月17日)
バス運転手として約29年勤務した地方公共団体の職員が、勤務中に運賃1000円を着服し、また乗務中に電子たばこを使用したとして懲戒免職となり、一般の退職手当(1211万円余り)の全部を支給しないとされた事案です。大阪高等裁判所は、全部不支給は酷に過ぎるとして違法と判断しましたが、最高裁判所は、被害金額が1000円であることや被害弁償、長年の勤続などを考慮しても、管理者の判断が社会観念上著しく妥当を欠くとはいえないとして、原判決のうち市の敗訴部分を破棄しました。
この事案は、公務員の退職手当の支給制限に関する判断であり、民間企業の退職金規程にそのまま当てはまるとは限りません。ただ、同じ事案でも裁判所の判断が分かれうることは、押さえておく価値があります。
裁判例から読み取れる、判断の際に見られる事情
上の3件の事案の概要から、判断の際に問題となった事情として、次のようなものが読み取れます。いずれも裁判例ごとの個別の判断であり、これだけで結論が決まるわけではありません。
・勤続年数の長さ(小田急電鉄事件は約20年、京都市の事件は約29年)
・非違行為が職務や会社の事業と直接関係するか(小田急電鉄事件は職務外の行為)
・被害の大きさや被害弁償の有無(京都市の事件)
・他に懲戒処分を受けたことがあるか(京都市の事件)
・会社の事業や取り組みへの影響(小田急電鉄事件)
規程に定めておきたい不支給・減額の事項
不支給や減額をめぐるトラブルを減らすには、事が起きる前に、規程の記載を点検しておくことが大切です。次のような事項を、自社の規程で確認してみてください。退職金規程の全体の作り方は、退職金規程の作り方の記事も参考になります。
・不支給・減額の対象となる退職の種類(懲戒解雇、諭旨解雇など)を、はっきり書く
・懲戒解雇の事由を、就業規則に具体的に定める(モデル就業規則の第68条第2項は14項目を例示しています)
・不支給にするのか、減額にとどめるのかを選べるよう、「全部又は一部を支給しないことがある」といった書き方にしておく
・不支給や減額を判断する人と手続き(社長の決裁、役員会での審議など)を決めておく
・同業他社への再就職による減額を設ける場合は、制限の内容と期間に無理がないか確認する
規程を新しく設けたり変更したりするときは、労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴き、意見を記した書面を添えて労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法第89条・第90条)。
実際に不支給にするかを判断する手順
規程に定めがあっても、個々の事案で不支給にするかどうかは、慎重な判断が求められます。以下は、裁判例の考え方を踏まえた、実務上の進め方の一例です。
ステップ1:事実を確認し、記録を残す
いつ、誰が、何をしたのかを、客観的な資料で確認します。本人の弁明の機会も設け、聞き取りの内容を記録します。
ステップ2:懲戒の根拠規定を確認する
該当する行為が、就業規則に定める懲戒解雇の事由に当たるかを確認します。規程に定めのない事由や、規程を設ける前の行為を理由にすることはできません。
ステップ3:退職金の不支給・減額の根拠規定を確認する
退職金規程に、不支給・減額の定めがあるかを確認します。定めがなければ、根拠のないまま不支給にすることは、トラブルになりやすいと考えます。
ステップ4:功績と非違行為の重さを比べる
勤続年数、これまでの貢献、非違行為の内容、会社への損害、被害弁償の状況、過去の処分歴などを整理し、全部不支給とするのか、一部の減額にとどめるのか、支給するのかを検討します。
ステップ5:結論を書面で伝え、専門家に確認する
不支給や減額とする場合は、理由と根拠となる規程の条文を、書面で本人に伝えることをおすすめします。判断に迷う事案では、社会保険労務士や弁護士に、通知の前に確認してもらうと安心です。
中退共に加入している場合の扱い
中退共(中小企業退職金共済)に加入している場合、退職金は中退共から従業員に支払われます。中退共のよくある質問では、従業員を懲戒解雇したような場合は、厚生労働大臣(船員の場合は地方運輸局長)の認定を受けたうえで、退職金を減額できるとしています。
この減額には、次のような決まりがあります。
・退職日の翌日から20日以内(必着)に、退職金減額認定申請書などを厚生労働省へ送る
・認定書が届いたら、送付を受けた日の翌日から10日以内(必着)に、退職金減額申出書に認定書の写しを添えて中退共本部へ送る
・事業主が減額したい額が従業員にとって過酷と認められるときは、中退共がその額を変更することがある
・退職金の額を全額減額することはできない
・減額された分は、事業主には返還されない
会社の退職金規程で不支給と定めていても、中退共の退職金は全額減額できない点に注意が必要です。中退共の掛金や助成の仕組みは、中退共の掛金の決め方の記事で整理しています。ほかの外部積立制度(企業年金など)は、制度ごとにルールが異なるため、加入している制度の規約や運営管理機関の案内で確認してください。
ネクストプレナーズの見解
懲戒解雇と退職金の不支給は、別々に判断する必要があると考えます。不祥事が起きてから規程を探すのではなく、平時のうちに、不支給・減額の事由と手続きを具体的に書いておくことをおすすめします。そのうえで、実際の運用では、全部不支給を最初から前提にせず、勤続の功績と非違行為の重さを比べて、減額にとどめる選択肢も含めて検討する姿勢が、後のトラブルを避けるうえで現実的だと考えます。外部積立の制度に加入している場合は、規程の定めと制度側のルールが食い違っていないかも、あわせて確認しておくと安心です。
よくある質問
Q. 懲戒解雇した従業員には、退職金を払わなくてもよいですか。
A. 払わなくてよいとは限りません。厚生労働省は、減額や不支給は、労働者のそれまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られるとしています。規程の定めと、個別の事情の両方から判断します。
Q. 退職金規程に不支給の定めがない場合、不支給にできますか。
A. 根拠となる定めがないまま不支給にすることは、避けたほうがよいと考えます。厚生労働省のモデル就業規則の解説は、不支給事由や減額事由を設ける場合は就業規則に明記する必要があるとしています。
Q. 一部だけ減額する場合の割合に、決まった目安はありますか。
A. 公的資料に、決まった割合の目安は示されていません。小田急電鉄事件で3割の支給が認められたのは、その事案の事情を踏まえた個別の判断であり、他の事案の目安になるものではありません。
Q. 中退共の退職金は、懲戒解雇なら不支給にできますか。
A. 全額を減額することはできません。厚生労働大臣の認定を受けたうえで、退職金を減額できるにとどまります。申請の期限や手続きは、中退共のよくある質問で確認してください。
Q. 退職者から退職金を請求されたとき、時効は何年ですか。
A. 退職手当の請求権は、行使できる時から5年で時効により消滅します。労働基準法第115条は、賃金の請求権の時効を5年と定めており、附則第143条第3項により、当分の間、退職手当は5年、それ以外の賃金は3年とされています。
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。また、不支給や減額が認められるかどうかは、規程の内容と個別の事情によって判断が異なります。
監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長。
プロフィールを見る
出典
・モデル就業規則(令和7年12月版)(厚生労働省)
・退職金不払い|裁判例|確かめよう労働条件(厚生労働省)
・労働基準法(e-Gov法令検索)
・懲戒解雇の場合には退職金を減額することができますか?(中小企業退職金共済事業本部(中退共))




