退職金の時効は5年|請求権の期限と支払時期の定め方を労働基準法から整理
退職者から退職金を請求されたとき、「退職金はいつまでに払えばよいのか」「退職してから何年たてば請求できなくなるのか」と迷う中小企業の担当者は少なくありません。退職金の請求権の時効は、労働基準法により5年です。一方、支払時期は、退職金規程に定めた時期に払えばよいのが原則で、定めがない場合は退職者の請求から7日以内の扱いが問題になります。この記事では、退職金の支払時期や請求権の時効を規程にどう定めるかを知りたい中小企業の人事・経理担当者に向けて、労働基準法第23条と第115条を中心に、公的機関の資料に基づいて整理します。
退職金の請求権の時効は何年か
退職金の時効は5年です。消滅時効とは、権利を一定期間行使しないときに、その権利が消えてしまう制度のことです。
労働基準法第115条は、賃金の請求権の時効を、行使することができる時から5年と定めています。ただし、附則第143条第3項により、当分の間は次のように読み替えて適用されます。
・退職手当の請求権:行使することができる時から5年
・退職手当を除く賃金の請求権:行使することができる時から3年
つまり、退職者が退職金と、未払いの残業代などを同時に請求してきた場合でも、時効の期間は同じではありません。退職金は5年、残業代などの賃金は当分の間3年として扱われます。「当分の間」の取り扱いは法改正で変わる可能性があるため、実際に対応するときは、e-Gov法令検索などで現在の条文を確認してください。
退職金はいつまでに支払う必要があるか
退職金は、退職金規程などに支払時期の定めがあれば、その時期までに支払うのが原則です。定めがない場合は、退職者から請求があった日から7日以内の扱いが問題になります。
労働基準法第23条の「7日以内」とは
労働基準法第23条第1項は、労働者の死亡または退職の場合に、権利者の請求があったときは、使用者は7日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。第2項は、賃金や金品について争いがある場合でも、使用者は、異議のない部分を第1項の期間中に支払い、または返還しなければならないとしています。
この第23条に違反すると、労働基準法第120条により、30万円以下の罰金の対象になります。
退職金は、規程で定めた支払時期でよい
厚生労働省の沖縄労働局のQ&Aは、「退職金は退職後1か月後に支給する」という規定がある場合について、次のように説明しています。
・退職金は通常の定期賃金の場合と異なり、あらかじめ特定された支給期日が到来するまでは、支払わなくても第23条第1項の趣旨に反しないと考えられる
・就業規則等によってあらかじめ支給条件等が定められている退職金は、使用者に支払い義務があり、退職の事実によって取得の権利が発生する
・請求権は、就業規則等によってあらかじめ特定された支給時期が到来するまでは発生しないとされている
ここで大切なのは、「あらかじめ特定された」支給時期という点です。「事情が整い次第」「会社の資金繰りに応じて」のような、いつ払うのか分からない書き方では、特定されているとは言いにくいと考えます。
支払時期の記載は、就業規則の必須事項
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、就業規則の作成と届出を義務づけています。同条第3号の2により、退職手当の定めをする場合は、適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払の方法、そして退職手当の支払の時期を就業規則に記載する必要があります。
退職金制度を設けるかどうか自体は、法律上の義務ではありません。ただし、設ける以上は、支払の時期まで明記することが求められています。規程の全体像は、退職金規程の作り方の記事で整理しています。
退職金の時効はいつから数えるのか
時効のカウントは、行使することができる時から始まります。退職金では、規程に支払時期の定めがあるかどうかで、考え方が分かれます。
支払時期の定めがある場合
前の節で見たとおり、請求権は特定された支給時期が到来するまでは発生しないと説明されています。このため、規程に「退職の日から1か月以内」などの定めがあるときは、その期限が到来した時から5年を数えるのが基本的な考え方です。
支払時期の定めがない場合
規程に支払時期がない場合の起算点については、公的資料で一律の扱いを確認できませんでした。個別の事情によって判断が分かれる可能性があるため、実際に請求を受けたときは、社会保険労務士や弁護士に確認することをおすすめします。
時効が止まる場合と、会社が気をつけたいこと
5年がたてば必ず時効が成立するとは限りません。民法には、時効の完成を猶予する仕組みがあります。ここでは、会社の側から見た注意点を整理します。
催告による完成猶予
民法第150条第1項は、催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しないと定めています。退職者が会社に退職金の支払いを書面などで求めると、この催告にあたる場合があります。ただし、催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告には、同じ効力はありません(同条第2項)。
裁判上の請求による完成猶予
民法第147条第1項は、裁判上の請求や支払督促、民事調停などの事由がある場合には、その事由が終了するまでの間、時効は完成しないと定めています。
協議を行う旨の合意による完成猶予
民法第151条第1項は、権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、合意から1年を経過した時など一定の時までの間は、時効は完成しないと定めています。
会社が「もう5年たった」と決めつけるのは避ける
退職から5年が過ぎていても、その間に催告や協議の合意があったかもしれません。会社側が日付だけで判断せず、請求の経緯が分かる書類を確認したうえで、専門家に相談することをおすすめします。
中退共に加入している場合の考え方
中退共(中小企業退職金共済)に加入している場合、退職金は会社ではなく、中退共から退職した従業員に直接支払われます。会社の退職金規程に基づく支払いとは、手続きも時効の根拠も異なります。
中退共の退職金の時効
中小企業退職金共済法第33条第1項は、退職金等の支給を受ける権利を、行使することができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅すると定めています。
請求から支払いまでの流れ
中退共のよくある質問によると、流れは次のとおりです。
・事業主は「被共済者退職届」を中退共本部保全課に送る
・事業主は退職金(解約手当金)請求書の事業主記入欄に記入し、退職金共済手帳を従業員(死亡の場合は遺族)に渡して、必要書類を添付して退職金を請求するよう案内する
・退職者が請求書を必要書類とともに中退共本部給付業務部に送る
・支払いの準備ができたら、請求人に「退職金等振込通知書」、事業主に「退職金等支払のお知らせ」が送られ、請求書に記入された口座に振り込まれる
退職金の請求は、退職した被共済者本人(死亡の場合は遺族)でなければできません。支払いまでの期間は、請求を受け付けてから書類に不備や不足のない状態で、1か月から、掛金の納付方法によっては2か月半程度とされています。退職金は、退職された月分までの掛金の入金を確認してから支払われるため、事業所の掛金の納付状況によっては2か月以上かかることもあります。
中退共に加入している会社は、掛金の納付が遅れていないかを日ごろから確認しておくと、退職者への案内がしやすくなります。掛金の仕組みは、中退共の掛金の決め方の記事も参考にしてください。
支払時期を規程でどう定めるか
支払時期の定め方に、法律で決まった形はありません。ただ、退職者との認識のずれを減らすには、次のような点を整理しておくと安心です。
ステップ1:現在の規程の支払時期を確認する
退職金規程に、支払時期が書かれているかを確認します。「退職後速やかに」など、時期が特定できない書き方になっていないかも見直します。
ステップ2:実際の事務にかかる日数を洗い出す
退職金額の計算、社長の決裁、振込手続き、資金の準備に何日かかるかを確認します。実務に合わない短い期限を定めると、規程どおりに払えなくなるおそれがあります。
ステップ3:支払時期を、特定できる形で書く
例として、「退職の日から○日以内」「退職の日の属する月の翌月末日」のように、期限が一つに決まる書き方が考えられます。沖縄労働局のQ&Aで取り上げられている「退職後1か月後」のような書き方も、一例です。
ステップ4:請求手続きと、支払いの前提を整理する
退職届の提出、貸与物の返却、引継ぎの完了など、支払いの前提条件を設ける場合は、規程に明記します。条件の内容によっては争いになりやすいため、専門家に確認してください。
ステップ5:変更の手続きを行う
就業規則を変更したときは、労働基準法第89条により、行政官庁への届出が必要です。意見聴取や届出の手続きを含め、全体の手順を確認してください。
時効に備える:書類の保存と、退職金の保全
関係書類の保存
労働基準法第109条は、労働者名簿、賃金台帳、賃金その他労働関係に関する重要な書類を、5年間保存するよう定めています。ただし、附則第143条第1項により、当分の間は3年とされています。退職金の請求権の時効が5年であることを考えると、退職金の計算や支払いに関する書類は、法律上の保存期間にかかわらず、5年程度は保管しておくほうが安心だと考えます。
退職手当の保全措置
賃金の支払の確保等に関する法律第5条は、事業主が就業規則などで退職手当を支払うことを明らかにしたときは、その支払に充てるべき額について、保全の措置を講ずるよう努めなければならないと定めています。これは努力義務です。なお、中小企業退職金共済法に規定する退職金共済契約を締結した事業主などは、この条文の対象から除かれています。
同法第6条は、退職した労働者の賃金について、退職の日までに支払わなかった場合に、年14.6パーセントを超えない範囲で政令が定める率の遅延利息を支払うよう定めています。ただし、この条文の対象となる賃金からは、退職手当が除かれています。このことは、退職金を遅れて払ってよいという意味ではありません。遅れた場合の扱いは、契約や民法の規定などによって変わるため、個別に専門家へ確認してください。
懲戒解雇などで退職金を払わない場合の注意
退職金の不支給や減額を考える場合も、時効や支払時期の整理は欠かせません。不支給の判断と、その根拠となる規程の定めは、懲戒解雇と退職金の不支給の記事で整理しています。
ネクストプレナーズの見解
退職金の時効は5年と長いため、「請求されたら払う」ではなく、退職の時点で支払時期と金額を退職者に書面で伝えておくことをおすすめします。時効の期間よりも、規程の支払時期が曖昧なまま運用されていることのほうが、実務ではトラブルのもとになりやすいと考えます。また、時効が成立しているかどうかは、催告や協議の有無などで変わるため、「5年たったから払わない」と会社だけで判断せず、専門家に確認する姿勢が大切だと考えます。
よくある質問
Q. 退職金の時効は何年ですか。
A. 5年です。労働基準法第115条と附則第143条第3項により、退職手当の請求権は行使することができる時から5年、退職手当を除く賃金の請求権は当分の間3年とされています。
Q. 退職金は、退職してから何日以内に払う必要がありますか。
A. 規程に支払時期の定めがあれば、その時期までに払えばよいと考えられています。定めがなく請求があった場合は、労働基準法第23条の7日以内の扱いが問題になるため、専門家に確認してください。
Q. 退職金の支払時期を「退職後1か月」と定めてもよいですか。
A. 沖縄労働局のQ&Aでは、あらかじめ特定された支給期日が到来するまでは、支払わなくても第23条第1項の趣旨に反しないと考えられるとしています。ただし、期限は実務で守れる範囲で定めてください。
Q. 退職から5年が過ぎた退職者から、退職金を請求されました。必ず断れますか。
A. 必ず断れるとは限りません。催告や裁判上の請求、協議の合意などで、時効の完成が猶予されている場合があります。請求の経緯を確認したうえで、専門家に相談してください。
Q. 中退共の退職金にも、5年の時効がありますか。
A. あります。中小企業退職金共済法第33条第1項により、退職金等の支給を受ける権利は、行使することができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅します。
Q. 退職金の支払時期を、規程にどう書けばよいですか。
A. 期限が一つに決まる書き方が望ましいです。「退職の日から○日以内」などの形が考えられます。変更時は就業規則の届出も必要です。
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。また、時効の成否や起算点は、個別の事情や法改正によって判断が異なります。
監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長。
プロフィールを見る
出典
・労働基準法(e-Gov法令検索)
・民法(e-Gov法令検索)
・賃金の支払の確保等に関する法律(e-Gov法令検索)
・中小企業退職金共済法(e-Gov法令検索)
・労働相談事例 賃金・賞与・退職金Q2(厚生労働省 沖縄労働局)
・退職金請求から支払いまでの流れはどうなっていますか?(中小企業退職金共済事業本部(中退共))
・従業員が退職した際の手続の流れ(従業員)(中小企業退職金共済事業本部(中退共))




