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2026年10月31日

前払い退職金とは?所得税・社会保険料の違いと制度を選ぶときの判断材料

前払い退職金の導入を検討するとき、経営者や経理責任者の方が最初に気にするのは、税金と社会保険料がどう変わるかではないでしょうか。結論から言うと、退職金相当額を在職中の給与に上乗せして支払う前払い退職金は、国税庁の整理では退職所得ではなく給与所得となり、厚生労働省の通知では原則として社会保険料の対象になります。退職時にまとめて支払う退職金とは、税金も社会保険料も扱いが変わります。この記事では、前払い退職金の仕組み、所得税・住民税・社会保険料の違い、制度を選ぶときの判断材料を、公的機関の資料で確認できた範囲で整理します。

前払い退職金とは何か
前払い退職金とは、退職時に支給する退職金相当額を、在職中の毎月の給与や賞与に上乗せして支払う制度のことです。国税庁の質疑応答事例でも、「退職時に支給する退職金相当額を在職中の給与に上乗せして分割支給する制度」が「退職金前払い制度」と言われている、と説明されています。

従来の退職金は、退職という事由が生じたときに一時金として支払います。前払い退職金は、退職金の原資を毎月の給与などに分けて支払うため、会社には退職時にまとまった資金を用意する負担がなくなる、従業員には毎月の収入が増える、という特徴があります。一方で、後述のとおり、税金と社会保険料の扱いが変わります。

この記事の要点
・所得税:前払い分は退職所得にならず、給与所得となる(国税庁)
・社会保険料:在職中に給与や賞与に上乗せして前払いされる退職金は、原則として報酬または賞与に該当する(厚生労働省)
・住民税:本記事で確認した資料の範囲外のため、市区町村や税理士に確認する
・導入するときは、就業規則の変更手続きと、従業員への丁寧な説明が必要


前払い退職金は得か損か:結論
一概に得とも損とも言えません。前払い退職金は、退職金を受け取る時期と、そのときにかかる税金・社会保険料の種類が変わる制度であり、会社と従業員のどちらにとっても、有利になる面と不利になる面があります。

判断するときは、次の3点を分けて考えると整理しやすくなります。
・従業員の手取りと将来の年金にどう影響するか(所得税・住民税・社会保険料)
・会社の資金繰りと社会保険料の事業主負担がどう変わるか
・退職金に期待していた「長く勤めるほど有利になる」「退職後の生活の備えになる」といった役割を、別の形で補えるか

所得税・住民税・社会保険料は分けて確認する
前払い退職金の影響は、所得税・住民税・社会保険料のそれぞれで扱いが異なります。「税金がかからない」「社会保険料がかからない」とひとまとめにせず、どの負担についての話かを区別して確認することが大切です。

所得税:退職所得ではなく給与所得になる
前払い退職金として支給される退職金相当額は、所得税では給与所得となります。国税庁の質疑応答事例は、退職金前払い制度により支給される退職金相当額は、退職により一時に支払を受ける給与ではないため退職所得には該当せず、給与所得となる(所得税法第28条第1項)と示しています。

ここで、退職所得との違いを確認しておきます。
・退職所得:国税庁のNo.1420によると、(収入金額-退職所得控除額)×1/2で計算し、原則として他の所得と分離して所得税額を計算します
・給与所得:国税庁のNo.1410によると、給与等の収入金額から給与所得控除額を差し引いて算出します。毎月の給与や賞与に上乗せされた前払い分は、この給与等の収入金額に含まれることになります

退職所得控除額は、勤続年数が20年以下なら40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)、20年を超える場合は800万円+70万円×(勤続年数-20年)と、国税庁が示しています。同じ金額でも、退職金として一時に受け取る場合は、この退職所得控除と2分の1の計算が適用され、給与に上乗せして受け取る場合は適用されません。

計算例(仮定の数字):勤続30年で退職金相当額が2,000万円の場合、退職所得控除額は800万円+70万円×10年=1,500万円です。退職時に一時金として受け取るなら、(2,000万円-1,500万円)×1/2=250万円が退職所得の金額になります。前払いにして毎年の給与に上乗せして受け取った場合は、この計算は使えず、給与所得として扱われます。

退職所得控除の計算や源泉徴収の手順は、退職金の源泉徴収の手順で整理しています。

住民税:確認できた資料の範囲外
住民税の扱いは、本記事で確認した国税庁・厚生労働省・日本年金機構の資料には含まれていません。前払い分が給与所得として所得税の計算に含まれることから、住民税にも影響が出る可能性はありますが、具体的な扱いは、市区町村や顧問の税理士に確認してください。

社会保険料:原則として報酬または賞与になる
在職中に前払いされる退職金は、健康保険・厚生年金保険の保険料の対象となります。厚生労働省の通知(平成15年10月1日)は、被保険者の在職時に、退職金相当額の全部又は一部を給与や賞与に上乗せするなど前払いされる場合は、労働の対償としての性格が明確であり、被保険者の通常の生計にあてられる経常的な収入としての意義を有することから、原則として報酬又は賞与に該当する、と示しています。この取扱いは厚生年金保険制度でも同様とされています。

通知は、支給時期ごとの扱いも次のように示しています。
・支給時期が不定期である場合:賞与として扱う
・年間4回以上支払われているもの(毎月の給与への上乗せを含む):報酬として通常の報酬月額に加算して扱う
・退職を事由に退職時に支払われる退職金、または事業主の都合等により退職前に一時金として支払われるもの:従来どおり、報酬又は賞与に該当しない

つまり、退職時にまとめて支払う退職金は社会保険料の対象になりませんが、前払い退職金は対象になるという違いがあります。

厚生年金保険の保険料は、毎月の給与(標準報酬月額)と賞与(標準賞与額)に共通の保険料率をかけて計算し、事業主と被保険者とが半分ずつ負担すると日本年金機構が説明しています。前払い分が報酬または賞与に含まれることで、従業員の負担だけでなく、会社が負担する保険料も増える点に注意が必要です。

また、標準報酬月額は保険料だけでなく年金額の計算にも用いられると日本年金機構が示しています。前払いによって標準報酬月額が上がれば、従業員は毎月の保険料負担が増える一方、将来の年金額の計算にも反映される可能性があります。

税金と社会保険料の違いの比較
・退職時にまとめて支払う退職金(所得税):退職所得。退職所得控除と2分の1の計算が適用される
・前払い退職金(所得税):給与所得。退職所得控除は使えない
・退職時にまとめて支払う退職金(社会保険料):報酬・賞与に該当せず、社会保険料の対象にならない
・前払い退職金(社会保険料):原則として報酬または賞与に該当し、会社と従業員の双方で保険料負担が生じる
・住民税:本記事の資料の範囲外。市区町村・税理士に確認する

前払い退職金を導入するときの注意点
就業規則の変更と従業員の同意
退職手当の定めをする場合は、就業規則に、適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払の方法、支払の時期を記載する必要があります。労働基準法第89条第3号の2が、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、これらの事項を就業規則に定めるよう求めており、定めた事項を変更した場合も届出が必要です。前払いへの切り替えは、退職金の支払の時期や方法を変えるため、就業規則の変更が必要になると考えられます。

あわせて、労働契約法第9条は、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない、と定めています。ただし、第10条により、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、変更が合理的なものであるときは、変更後の就業規則に定めるところによるとされています。前払いへの切り替えが不利益に当たるかどうかは内容や従業員によって異なるため、個別に社会保険労務士などの専門家に確認することをおすすめします。

退職金規程そのものの作り方は、退職金規程の作り方で解説しています。

過去の勤務期間に係る退職金の扱い
制度を切り替えるとき、移行日より前の勤続期間に係る退職金をどうするかも決める必要があります。国税庁の質疑応答事例は、退職金前払い制度へ移行した場合であっても、移行日前の過去勤務期間に係る一時金を、使用人が実際に退職するまで据え置いて支給する場合には、その一時金は退職所得となる、と示しています。一方、移行に伴って、引き続き勤務する使用人に対して支払われる一時金は、給与所得となります。

つまり、過去分を退職まで据え置くのか、移行時に打切り支給するのかによって、税の扱いが変わります。移行の設計をするときは、事前に税理士に確認してください。

退職金制度としての役割を失う点
前払いにすると、退職金は毎月の給与の一部として支払われるため、退職金を「長く勤めるほど増える仕組み」や「退職後の生活の備え」として位置づけていた場合、その役割が弱まります。退職金の水準の考え方は、中小企業の退職金の相場と決め方もあわせてご覧ください。企業年金や中退共などの掛金の税務上の扱いは、企業年金の掛金は損金になる?で比較しています。

制度を選ぶときの判断材料
前払い退職金を採用するかどうかは、次のステップで整理すると抜けが少なくなります。

ステップ1:目的を決める。退職時の一括支払いの資金繰りが負担なのか、従業員の定着を重視したいのかなど、前払いを検討する理由を整理します。

ステップ2:従業員にとっての影響を試算する。毎月の手取り、社会保険料の増加、将来の年金額への影響を、代表的な従業員のモデルで確認します。

ステップ3:会社の負担を試算する。事業主が負担する社会保険料の増加分と、退職時の一括支払いがなくなることによる資金繰りの変化を確認します。

ステップ4:他の方法と比較する。中退共などの外部積立制度や、退職金を後払いのまま残す方法と比べます。

ステップ5:税理士・社会保険労務士に確認し、就業規則の変更手続きと従業員への説明を進めます。

前払い退職金と、退職時払いの退職金の違いをまとめます。
・退職時払い:退職金は退職所得として扱われ、社会保険料の対象にならない。会社は退職時にまとまった資金が必要
・前払い:給与所得として扱われ、原則として社会保険料の対象になる。会社の退職時の資金負担はなくなるが、毎月の人件費と社会保険料の事業主負担が増える

ネクストプレナーズの見解
前払い退職金は、資金繰りの負担を軽くする手段として検討されがちですが、社会保険料の事業主負担が増えること、退職所得控除を使えなくなることを、導入前に試算しておくことをおすすめします。また、前払いは、従業員にとっては目の前の収入が増える反面、退職後の備えが薄くなる側面もあります。税金や社会保険料の効果は、所得税・住民税・社会保険料のどれに対する話かを区別して説明することをおすすめします。

よくある質問
Q. 前払い退職金は、退職所得として扱われますか?
A. いいえ、給与所得として扱われます。国税庁の質疑応答事例は、前払い制度により支給される退職金相当額は、退職により一時に支払を受ける給与ではないため退職所得に該当しないと示しています。

Q. 前払い退職金には、社会保険料がかかりますか?
A. 原則としてかかります。厚生労働省の通知は、在職中に給与や賞与に上乗せして前払いされる退職金は、原則として報酬又は賞与に該当すると示しています。

Q. 退職時にまとめて支払う退職金にも、社会保険料はかかりますか?
A. かかりません。厚生労働省の通知は、退職時に支払われる退職金は、従来どおり報酬又は賞与に該当しないと取り扱うとしています。

Q. 前払いにすると、会社の社会保険料の負担も増えますか?
A. 増える可能性があります。厚生年金保険の保険料は事業主と被保険者が半分ずつ負担するため、前払い分が報酬や賞与に含まれると、会社の負担も増えます。

Q. すでにある退職金制度を前払いに切り替えるとき、就業規則の変更は必要ですか?
A. 必要になると考えられます。退職手当の支払の時期や方法は就業規則の記載事項であり、変更した場合は届出も必要です。労働者と合意することなく不利益な変更はできないため、従業員への説明と同意の取り方は専門家に確認してください。

Q. 前払い退職金の住民税の扱いは?
A. 本記事で確認した資料の範囲外のため、断定できません。市区町村や税理士に確認してください。

監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長
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本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。

出典
・企業内退職金制度の廃止による打切支給の退職手当等として支払われる給与(いわゆる退職金前払い制度へ移行する目的で廃止する場合)(国税庁)
・No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)(国税庁)
・No.1410 給与所得控除(国税庁)
・いわゆる退職金の前払いに係る社会保険料の取扱いについて(平成15年10月1日 庁保険発第1001001号・保保発第1001002号)(厚生労働省)
・厚生年金保険の保険料(日本年金機構)
・標準報酬月額の対象となる報酬とは何ですか。(日本年金機構)
・労働基準法(e-Gov法令検索)
・労働契約法(e-Gov法令検索)

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